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本さえあれば、日日平安

本さえあれば、日日平安

長迫正敏がおすすめする本です。


本さえあれば、穏やかな日日。ほっこりコラム連載中です。本好きのほんわかブログ・「本さえあれば、日日平安」
本好きの、本好きによる、本好きのための“ほんわか”。一日を穏やかに過ごす長迫氏のおすすめ本はこれ!

2023/08/06 更新

本さえあれば、日日平安


長迫正敏がおすすめする本です。


文庫

カレーライスの唄

著者:阿川弘之

出版社:筑摩書房

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カレーライスの唄

来て良かった広島、本屋通り。見渡す限り本屋さん。向こうを見てもこっちを見ても本屋さん。とにかく本屋がいっぱいの本屋通り。
こんな幸せな場所はない。賑わっている。売る方も買う方も好きな本について自由に、そして熱っぽく、その想いを語っている。本屋推し?の人たちは皆、とても熱いのだ。

ただ、こんなにも本屋さんがあるなか、書店員歴38年で還暦+1となった私が自ら声を掛けたのは啓文社の仲間、そして自宅から歩いて行ける「本屋UNLEARN」店主の田中さん。要するに顔見知りだけ、という現実。

今日はお客さんだ。それに、ここにいる皆さんに負けないくらい書店員として経験を積んでいる。本が好きだ!ってことも。何しろ、みんな私と同じ本屋さんだ。気おくれする必要はないはずだ。でも自分からは話しかけられない。
まあ、これも個性。人見知りだっていいじゃないか・・・人間だもの。

『本屋の現在地 改訂版』を購入して、ゆっくり見て回る。新刊書店も古書店も、どの店も個性的な品揃えだ。もちろん自分の店で販売している本もある。だが普段は置いてない本の方が多い。そんな中で読んだことのある本、好きな本に出合うと嬉しくなる。
店頭でお子さんがお気に入りの絵本を見つけ、「これ、もっとる!」とか「よんだことある!」など、大きな声で素直にはしゃいでいる姿を見ることがあるが、確かにそんな気持ちになる。

ある店で本書を見つけ思わずニンマリ。「これ持っとる!」、「読んだ!」、「面白いよね~」、その気持ちを目の前にいる店主と共有したい・・・と思ってはみても、できない。なので、せめて書こう。

『カレーライスの唄』 阿川弘之 ちくま文庫

会社倒産で職を失った六助と千鶴子。他人に使われるのはもう懲り懲り。そこで思いついたのが、美味しいカレーライスの店。若い二人は、開業の夢を実現できるのやら?そして恋の行方は?邪魔する奴もいれば、助けてくれる人もいる。夢と希望のスパイスがたっぷり詰まった、極上のエンタメ小説!食通で知られた、文豪・阿川弘之が腕を振るった傑作!(解説・平松洋子)

著者は広島出身で海軍体験をもとに書かれた戦争物や伝記、私小説的作品も数多く残されている阿川弘之さん。エッセイスト・小説家、阿川佐和子さんの御父上である。
登場人物の名前からもおわかりだろうが、このお話は現在のことではない。舞台は昭和30年代。当時の流行、世相や風俗の描写がとても懐かしい。昭和30年代といっても終わりごろの生まれなので、私が記憶しているのは、実は昭和40年代の風景だ。それでも何となくあの雰囲気はわかる。「三丁目の夕日」の世界である。

六助と千鶴子の会社は百合書房という出版社。虚実が入り混じっているだろうが、作家である著者が見知っている出版社とそこで働いている若者がモデルのはずである。作家と編集者の関係性、そして編集者が思い入れのある作家と作品に情熱を注いでいる姿は、とても興味深い。
また実際のことなのかは置いといて、若くて行動力のある六助と千鶴子は、作家に原稿料も払えない傾きかけた出版社を何とかしようと本を風呂敷に包み出張販売に行く。この場面がとても好きだ。業績がよさそうな会社に出向き、昼休憩の間に良書普及と称して本の即売会を行う。高度成長期だった頃の「モーレツ」な感じだ。

少し違うが、現在も講演会などに呼ばれて行って本を販売することがある。長机に本を何種類かPOPを付けて並べる。お釣りを入れた小さな手提げ金庫を傍らに置き、お客様と会話しながらお買い上げ頂いた本を手渡しする。まさに「本屋通り」スタイルである。

例によって思い出した。初めて講演会販売に行った時のこと。今はもうないが福山市民会館だった。講演者は、実業家、作家、経済評論家のK氏。著作は多かった。まだ新人だった私と店長の二人で、外商さんの軽バンをお借りして商品を運んだ。

セッティングが終わると、「忙しいのは終った直後だけじゃ、一人でも大丈夫じゃろ~」と店長は帰って行った。去り際に「言うとらんかったけど、販売の許可はもろうてないんじゃ。会館の人が来たら上手いこと説明するんで~」と言い残して。

私はからかわれたのである。考えたらわかる。いくら40年近く前でも許可なく搬入できるわけはない。そして講演が終了して忙しくなると店長は何処らともなく現れ、大勢のお客さんを、それは見事に捌いていた。
その時の店長は、のちの監査部部長Mさんである。啓文社の皆さんは、このやりとりを「ありえるな~」と頷いていることでしょう。

本書は、昭和36年に新聞連載されていた青春小説である。当時20代だった若者は、私の父親や母親の世代。本書に興味が湧き、面白いと感じるのは、若い頃の父や母を思い浮かべて読んでいたからかも知れない。
そして、父と母がそうであったように、あの頃の若者は、みんな子どものころに戦争を体験している。もちろん主人公・六助も例外ではない。ましてや彼は広島出身、あの原爆も…
内容に関わるので詳しくは述べられないが、六助の父親は軍人である。戦後六助は「戦犯の子」と心無い言葉を投げつけられる。

本書は軽妙でユーモラスな物語ではあるが、それだけでない。「父のまぼろし」の章では、戦争について、そして戦時中の人々の行動や心理について、著者の思いを登場人物のセリフとして語っている。青春小説のかたちを借りて、戦争を知らない世代に書き残そうとされていたのだ。

このような作品を紹介するのが、おじさん書店員の役目である。本屋通りからの帰りに、そう思い至る。
それにしても、出店していた書店員は皆さん立派だ。熱い想いを持って業界を盛り上げようとされている。

「友がみな我よりえらく見ゆる日よ 花を買ひ来て妻としたしむ」 啄木

花より団子のわが妻には、「もみじ饅頭」買うて帰ろかの…

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